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政治信条

01利他の思いを大切に

政治家としての姿勢は、市民の皆様の声をしっかりとお聴きし、政策を進めていくことが大切であると考えております。私は、常に人を思いやる心をもって市民の皆様と向き合う「利他の思い」を大切にした政治家でありたいと思います。

02住み続けたいと思えるまち 西東京

私は、市民の皆様がこのまちで暮らし、人と人とがつながり、いきいきと活動し、安心と安らぎのあるまちを目指してまいります。そして、市民の皆様に、この西東京市に住んでよかった、そして、これからも住み続けたい、と思っていただけるまちを築いてまいります。

03現場での経験から学ぶ

私は、39年間公務員として、西東京市のために働いてきました。財政課での経験が長かったのですが、旧保谷市役所に入って、最初に配属されたのは水道課でした。水道の検針のため、市内を歩いて回りました。おかげで、地理を覚えて、多くの市民とお話することができました。管理職としては、高齢者支援課長、教育部長兼教育長職務代理者を務めました。「現場」での経験で学んだことは、たくさんあります。財政は数字の世界ですが、現場は違います。教育や福祉の現場では、ひとつまちがえれば、命にかかわります。責任の重さを痛感していました。管理職が現場を見て判断することは大事だと考えます。ただ、部下は信頼しています。任せるところは任せて、入るべきところは入る、そこをしっかりみきわめていくことも大切だと考えます。

04子供にやさしいまちづくり

教育委員会にいた頃は、定期的に、市内すべての小中学校を訪問していました。市の教育委員会のおもな役割は、さまざまな課題に直面する学校をサポートすることと、学校という施設を整えることです。 学校施設ですが、老朽化が進んでいます。8割の学校が、建設後、40年、50年経過しています。少子高齢化の時代ですが、学校を建て替えるのか、またはメンテナンスをするのか、いずれにしても、しっかりやっていきたいと考えます。そのためには莫大な費用がかかります。財源を確保するのが、喫緊の課題だと思っています。

05人がつながる~集える場とつながりのあるまち

西東京市は、独居高齢者の多いまちです。今後、ますます高齢化が進む中、独居高齢者を支える施策は、たいへん重要と考えます。また、居住して日の浅い新住民も多いまちです。丸山浩一市長が力を入れていた健康づくりと地域コミュニティの醸成は、私も力を入れていきたいと思います。まちの「健康」という面でも、地域コミュニティは重要です。地域で活動しやすい場を創出し、「やってみたい」が実現できるまち、一人ひとりが必要とされる地域づくりを進めることが、市民のみなさまに、この西東京市に住んでよかった、そして、これからも住み続けたい、と思っていただけるまちにつながると考えます。

06どんな時でも前向きに立ち向いたい

39年間の公務員人生の中で、一番思い出深いのは、市の合併の時です。2001(平成13)年、旧田無市と旧保谷市が合併して、西東京市が誕生しました。全国を見ても数少ない都市型対等合併でした。合併に向けた様々な調整には、前例がない中で難航を極めました。それぞれの市で、書類の様式ひとつとっても違いますから、そのすり合わせのための膨大な作業が待っていました。私は、合併協議会事務局の副主幹でした。粘り強く課題を解決し、「西東京市」が誕生したときは、本当にうれしかったです。新市誕生に直接かかわることができて、自分は公務員として、とても幸せ者だったと思います。どんなに困難な状況でも、前向きに立ち向かえる勇気と力をもらいました。

プロフィール

1959年(昭和34年)生まれ。西東京市北町在住。谷戸幼稚園、谷戸小学校から保谷第一小学校へ転校、青嵐中学校、都立保谷高校、同志社大学法学部卒業。旧保谷市役所入庁。以来、勤続39年。2001年(平成13年)の田無市・保谷市合併の際は中心的役割を果たし、新市建設計画の策定、西東京市として初の総合計画の策定に携わった。 47歳で西東京市最年少の部長となる。企画や財政のエキスパートであると同時に、高齢者支援課長、教育長職務代理者などを歴任し、福祉や教育の現場にも強い。 2013年(平成25年)、副市長に就任。8 年間、丸山市政を支える。
生年月日 1959年(昭和34年)12月14日 東京都杉並区生まれ
趣味 登山/料理
尊敬する人 新島襄(母校 同志社大学創立者)
座右の銘 利他の思い
好きな音楽 ならなんでも歌えます。戦前のものからOK
好きな食べ物 卵がけごはん/醤油はこだわりの醤油/ギョーザ

活動報告

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